関の刃物まつりで、アッサブと武生特殊鋼の人と話しをして思った。ELMAXやSPGⅡが真空炉の気体冷却では硬さが低くなる事は、メーカーの人達も理解はしていた。しかし根本的な原因については知らない様だった。単に冷却速度が遅いからという理解の様だ。
図は0.3%Cの鋼における合金元素量による臨界冷却速度の変化を示している。0.3%Cの鋼であるが、傾向は他の合金鋼でも似たものと思われる。
Co以外の大抵の元素は、臨界冷却速度を遅くして焼入れ性をよくする。固溶した合金元素により、拡散速度が遅くなるからと考えればいい。
しかしある特定の元素は含有量がある程度以上になると、かえって臨界冷却速度が速くなり焼入れ性が悪くなる。炭化物傾向の大きいVやWがこれに該当する。これらの炭化物は焼入れの際にΓ相に固溶しにくく、溶け残った炭化物が種になりΓ相中の炭素を食うので臨界冷却速度が速くなる。(参考に以前の考察)
ELMAXもSPG2もV含有量が多いので、真空炉の気体冷却で硬さが低くなるのは、これが原因であると思われるが、もう一つ粉末鋼特有の原因があるとも考えている。
粉末鋼は組織中に細かく均一に炭化物が分布しているが、この炭化物が冷却時に炭素を食ってしまい、マルテン化しても基地の炭素量が少なくなり硬さが低くくなる。
高合金の溶製鋼の組織内は共晶(一次)炭化物と析出硬(二次)炭化物に明確に別れるが、粉末鋼においてはその区分が明確ではないらしい。
実際粉末鋼の生材と熱処理後の組織を観察してみると、均一に分布した炭化物は熱処理後の方が全体的に小さくなっている。溶製鋼においては共晶炭化物は熱処理で溶け込まず、析出炭化物の方が溶け込む。
粉末鋼はガスアトマイズにより急冷して粉末を作る訳だが、溶融状態から短時間で炭化物が発生するので共晶反応と析出反応の区別がないのだと思う。
ところでV量の多い溶製鋼のCV134は、真空炉でも十分硬さは出ていた。以前考察したがCV134の様な溶製鋼の場合、Vの大部分は共晶炭化物として組織中に存在するので、熱処理による影響は少ないのかもしれない。
また粉末鋼であっても、V量の少ないRWL34などは真空炉でも十分に硬さは出る。炭化物が細均一に分布しているために、焼入れのオーステナイト化で炭化物の溶け込みもよく、溶製鋼のATS34より硬さは高くなる。
ZDP189なども炭化物の基本がCrによるものなので、硬さが出やすいのだと思われる。
S30V、S35VN、SPGⅡ、ELMAX、magnacut、などのV含有量の多い粉末鋼は真空炉で硬さが出にくい。しかもオーステナイト化温度が中途半端に高目なので、余計に硬さが出にくくなる。耐摩耗性がよいので、硬さは低目でも案外気が付かないのかもしれない。そういった物は実際は硬さが低くても硬く感じる。
ソルトバスで油冷を指定するといいのかもしれないが、S&R式のやり方では肌の荒れと焼き曲りで現実的ではない。
無理はせずにそこそこの硬さで使うのが妥当なのだろう・・・
10/19追記
図の合金元素量に対する臨界冷却速度の変化のグラフだが、これは0.3%Cの炭素鋼によるものなので、高合金鋼の様な共晶炭化物は存在しない。析出炭化物だけなので、高合金鋼には直接当てはめる事はできない。
しかし先にも書いたが、傾向は似ているはずだ。
要は条件を考慮して、どう変化するのか想像すればいい。